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zoom RSS 一の倉沢トレッキング/武尊山

<<   作成日時 : 2008/10/05 12:05   >>

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所属山岳会の40周年記念で武尊山に登りました.

9月13日/一の倉沢出合までのトレック
磐越道の五百川PAで仙台からのバスに合流.車は上り線に駐車しました.一行51名.大部隊です.

まず,一の倉沢までのウォーキング.

ところで,この山行の前にあらためて勉強すると,谷川岳氷河説に出会ました(http://homepage.mac.com/ooi2/tanigawa/tanigawa.htmlhttp://homepage.mac.com/ooi2/tanigawa/tanigawa-1.html).マチガ沢,一の倉沢,幽ノ沢は雪崩涵養形の氷河で,天神平はカールではないか..というものです.天神平はともかく,一の倉のような急峻な非対象地形が雪崩だけでえぐられて出来たとはとても思えません.さらに調べると越後の豪雪地帯等にも氷河があったとの説もあって(http://glacier.ees.hokudai.ac.jp/xo/modules/conference/sympo2000/koaze.pdf),個々の事例についての詳しい調査結果を知りたいと思いました(ネットでは見つからず).

私にとって整理できていないのは,氷河時代も上越や越後は豪雪地帯だったかという点です.氷河時代は海面が低く,今のような日本海は存在していなかったと思われるので,寒くても水分が不足なのです.一方北アでも日高山脈でもカール跡はほとんど東面で,西風が強く東面に雪が吹き溜った事を示しています.ここのところが判りません.

そんなことで,いつもとは違う目で岩壁を仰ぎました.沢の狭まりに張り出す尾根の末端はモレーンで,いつもテントを張る幽ノ沢側の道路脇は「氷河起源のアウトウオッシュ段丘」との事です.

去年,古希記念に南稜に取り付きましたが,チムニーをトップではのぼれず「もう駄目なんだなー」と寂しい思いをしました.多分これが最後に仰ぐ一の倉でしょう.

秋雨や 二度と攀じれぬ 一の倉

戻りは湯檜曽川に下って一周.宝台樹のバンガロー泊.

9月14日/武尊山
夜中は雨が降り続き「明日は駄目かなー」..という雰囲気でしたが,朝は一転して晴.絶好の日和です.
武尊神社までバス.あちこちの分散登山なのでメンバーは22名.それでも大部隊です.

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私は山岳会ペースではとても登れないので,途中からは2番目にさせて頂きました.トップの女性サブリーダーは優しくスピードを調整してくれます.感謝!感謝!
手小屋沢避難小屋は稜線ではなく,水音のする沢にあるようです.小屋への分岐から山頂までの間には確か4ヶ所の鎖場.

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山頂までは標高差1000m強で4時間40分.リーダーの予想(4〜4.5時間)より遅れたのはもっぱら私のスローペースのためでした.

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頂上は板状の安山岩(写真失念).
頂上の石を集めていますが,それだけではつまらないので最近地質の再勉強を始めました.帰ってからなぜ溶岩が板状になるのかを勉強.固まった表面の溶岩と内部の溶岩が剥がれるためと判りました.ただし,剥がれるためにはずらす力(剪断力)が必要で,溶岩は傾斜面を流れなければなりません.傾斜して固まリ停止した板状の岩と内部を流れる溶岩がずれるのでしょう.平なら柱状節理なのでしょうか?

廃校を改造したという山荘泊.これが風情のある佇まいでした.

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葉留日野山荘前で全員集合

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
昨日は、こちらの会山行で谷川岳・蓬峠の縦走でした。秋晴れに恵まれて、土樽から土合まで、8時間ほどの歩きを楽しみました。一の倉沢では、大岸壁をゆっくりと眺めてることもできて満足でした。
山荘での写真、懐かしい方も見られますね。しばし、思い出に耽りました。
山いろいろ
2008/10/05 13:23
山いろいろ様
健脚の山いろいろ様に較べると,全く恥ずかしい山しか登れません.まー介護保険のお世話にならない程度に続けようと思います.
一の倉沢はもう登れません.寂しい限りです.

2008/10/06 18:27

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