那須の小屋から

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zoom RSS 北海道へ(記念行事,山.そして石拾い)

<<   作成日時 : 2009/10/02 13:54   >>

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勤めていた製鐵所の100周年とホームグラウンドだった室蘭岳の白鳥ヒュッテ60周年が,ほぼ隣合せに重なったので,念願だった日高の石拾いも兼ねて,車で北海道に渡ることにしました.

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今回の旅(画面をダブルクリックして,最大表示にして下さい)

9月12日
那須→八戸→苫小牧→室蘭.ヒュッテには集合時間から少し遅れて19時頃.
懐かしい面々が勢揃いで,近況報告やら昔話やらの花盛り.

車座を ぐるりぐるりの 夜長かな

土曜の勤めを終えてから,ヒュッテまでの8Kmを歩き,翌日,裏沢という北面の急峻なルンゼを開拓した若かった日々...老いの感傷ですね.

ヒュッテ泊.
3階と呼んでいた,思い出多い屋根裏に寝袋を広げました.

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白鳥大橋と室蘭岳/911(撮影者不明)

9月13日
記念登山会.小生は独りで南面から西尾根へと一周しました.西尾根からの白鳥湾が素晴らしい.先輩のOさんによると,室蘭岳は海を眺める山なのだそうです.

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室蘭岳と白鳥ヒュッテ(記念誌の写真と版画をスキャン)

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記念写真.ヒュッテ前(頂いた写真をスキャン)

昔仲間のYさん宅泊.
来年3月に四国巡礼の予定で,1日20Km.1回で勝負との事です.
黒瀬川構造帯は石の宝庫なので,四国で会おうと約しました.

9月14日
Yさんに付き合って頂いてオロフレ山.小生にはオロフレ本体よりも羅漢岩への想いが強烈です.

路からは,毎週通って乗り越えたオーバーハングが覗き込めます.

はなはだ怪しいピトンにかけたアブミに身を預ける緊張感.ハング上の凹角の横壁に突っ張って,これで乗り越えられると確信した時の喜び...今も鮮明です.ハングは始めての経験でした.

頂上からは,懐かしい山々のパノラマ.明日は未だ登っていない(!)樽前山に決めました.

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オロフレ山/1231(Netから:http://kometyan3.sakura.ne.jp/orofure0806/orofure.html

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オロフレ山羅漢岩/中央左P1,右P2(プロ級の腕前の先輩・Iさんから頂いた写真をスキャン)

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羅漢岩P1/50年前の写真.aがハングルート.中央に小生

昔仲間のKさん宅泊.
リシリヒナゲシの種を送って頂けるとの事です.

9月15日
Kさんに付き合って頂いて樽前山.山小屋まで行きましたが濃いガスでやむなく断念.風不死岳の苔の洞門見物.
若い頃の山登りには強い選り好みがあって,こんな近くの有名な山なのに登っていないのです.

夜は製鐵所の100周年記念祝賀会.OBと現役の数百人の大パーティー.昔の後輩が,今や所長だったり部長だったり...2次会は職場仲間と.
最新の製鐵所見学のなかったのが残念でした.

仕事仲間だったIさん宅泊.
タイでの工場建設の話を伺いました.彼の技術をもってしたら,これからも海外の仕事が舞い込みそうです.

9月16日
今日からは後半の石拾い.いざ日高へ

まずは沙流川沿いの国道から糠平川.幌尻岳の南面が源流ですから,落ちてきた石を拾おうという魂胆です.
狙いはグラニュライト.最も高温高圧側の変成岩で,多分日本では四国と日高にしか産しません.

林道をホロシリ山荘への駐車場まで入る.道は続いていますがゲート.
意外にも川原はあまりバライティーに富んでいません.ちょっとがっかり.5Kgの重いハンマーで石を沢山割りましたが,それらしいの見当たりません.

次の目的地・アポイへ.

三石の道の駅で車中泊.隣が大きな温泉ですが,このところの温泉漬けでさっさと寝ました.

9月17日
まずは幌満川.国道から少し入った橋下の川原.

アポイのカンラン岩は世界的に有名らしいのですが,「幌満橄欖岩」と呼ばれています.
いかにも重そうなのが転がっています.比重3.2で日本では最も重い石だそうです.
濃緑のそれらしいのはゲットしましたが,典型的なオリーブ色は見つかりませんでした.

アポイは5合目で姿を現します.

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アポイ岳(811,5合目から)

6合目付近で様々な緑が輝くカンラン岩.登山靴で磨かれているのでしょう.非常に美しい!
カンラン岩は地下数百キロのマントルがそのまま顔を出したような岩石.
構成する鉱物は,カンラン石(オリビン),輝石,スピネル等で,カンラン石中のMgとFeの比率によっても色が変るとの事です(解説は例えば:http://www.s-yamaga.jp/nanimono/chikyu/kobutsu-05.htm).
ともかくとても複雑で,小生にはこの多彩な色彩を説明する能力はありません.

近頃は俳句はさっぱりですが,一句浮びました.最初の上五は「マントルを」でした.未だ未練が残っています.

オリビンを 煌かせてる 秋アポイ

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登山路のかんらん岩.6合目付近

登山口の駐車場で車中泊.

9月18日
襟裳岬の石も目標でしたが,内部まで酸化していて駄目でした.早々に北上.

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襟裳岬

黄金道路の広尾手前,日高山脈が海へ落込む断崖では,花崗岩と黒っぽい岩石(多分,接触変成岩のホルンフェルス)を採取.

次は暦舟川ですが,二股で急に気分が変って左のポンヤオロマップ川に入りました.ペテガリ東尾根が浮んだためです.東尾根は亡妻と「日高に燃えて」と「日高辿路」(例えば:http://homepage3.nifty.com/hidaka/hidakabook.htm)の著者・神原照子さん(前述のKさん夫人)達の女性パーティーが辛苦を重ねたルートです.
きっかけは,小生の「山岳部なんだから,東尾根くらい女だけで登れなくちゃー」というアジテーションだったのでしょう.

東尾根取付きの「ペテガリへ14Km」の標識を眼前にすると,いささか感傷的にならざるを得ませんでした.

東尾根をきっかけに,神原さんの「日高辿路」が生れたようですが,日高の113座を踏破するというのはとんでもない記録です.
百名山ブームの中,自分で山を選ぶ価値観は本当に尊敬に値します.

彼女からの便りにあった一句を忘れることができません.

五十路過ぎ 落穂拾いに 勢を出し...神原照子

次の札内川は延々と続く素晴らしいトンネルと覆道と舗装が,突然ゲートで遮られます.悪名高い,中止された日高山脈横断道の残骸.この国ではこんな無駄が全国にあふれているのでしょう.よくも破産しないものだと変に感心してしまいます.こんなに立派に造り過ぎたら,100年経っても負の遺産として恥を晒し続けるでしょう.

ダムで石は拾いにくいので,道脇の山小屋に泊る予定を変えて,さっさと引き返し.

日勝峠を越えて,日高町の道の駅で車中泊.今日は温泉.

9月19日
日高町の観光案内には,チロロ川からの北トッタベツへのルートが明記されています.そこで早発すれば登頂可能だと勇んだのですが,林道に入ってすぐに強固なゲート.

幸い川原石は多彩で沢山採取できました.

しこしこと 川石を割る 白露かな

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チロロ川

近いので,ついでにとパンケヌーシにも入りましたがすぐにゲート.

次はKさんに教えて頂いた日高町の日高山脈館.
石の展示が充実していて,感激でした.撮影自由なので,ほとんどの岩石標本と説明をカメラに収めました.
少し紹介します.

日本の遺跡で見つかるヒスイは全てが親不知の姫川産で,北海道の原住民は日高ヒスイを知らなかったと思っていましたが,そうではないことを知りました.

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日高ヒスイの原石.日高山脈館

こんな礫岩が採取できたら素敵なんですが...

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礫岩とその解説.日高山脈館

日高山脈館に,近くの川のハイアロクラスタイト(水冷破砕岩)の標本があったので出掛けましたが,ここも入口でゲート.それでもそれらしいのをゲットできました.

これで全て終りました.神威古潭変成帯の士別にも興味津々ですが,彼岸の墓参りに戻らなければなりません.

フェリーはシルバーウイークで満船.ぎりぎりのキャンセル待ちでした.

石を大量に採取しました.ぼちぼち整理してアップ予定です.

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